なぜ「瞑想録」という場所をつくるのか
タグ: #メタ思考#書くこと
私のブログは、しだいに道具箱のようになってきた。super の使い方、エージェントの調整、あるフレームワークの落とし穴。どれも役に立つが、それらが記録しているのは学んだことであって、腑に落ちたことではない。
読書ノートは、他人の思考を私が語り直したもの。問答は、モデルに投げかけた戸惑い。カオスは、業界のざわめき。どこにも属さず、結論を急がない考え——工学について、時間について、AI がすべてを加速させた後に人に残されたものについて——を置く場所だけが、欠けていた。
だから「瞑想録」をつくった。
ここに置く文章には、コードも引用もなく、ときに結論さえないかもしれない。深夜や散歩のあとに、ぼんやりした直感を、どうにか一つの明瞭な文へとねじり出そうとする過程そのものだ。書き留めるのは、忘却に抗うため、そして一つの検証のため——自分にすら説明できない考えなら、まだ腑に落ちてはいないのだろう。
同じ問いの周りをぐるぐる回っているなら、椅子を引いて、しばらく一緒に座っていてほしい。